県名はどこから取られたか
1871年(明治4年)の廃藩置県では、まず藩をそのまま県にしました。その数か月後の統合で、県庁が置かれた土地の郡名や地名を県名にしていきます。藩の名前をそのまま残したわけではないので、加賀藩は石川県、薩摩藩は鹿児島県、長州藩は山口県になりました。
取り方はおおよそ4つに分かれます。郡名(山梨・島根・香川)、城や城下町の名(岡山・和歌山・徳島)、風土記や古典に出てくる古い地名(茨城・愛媛・大分)、そして明治になって新しく付けられた名(北海道・東京)です。
47都道府県の名前がどこから来たのか、旧国名との対応つきで引けます
県名でも、旧国名でも、県庁所在地の名前でも引けます。下の一覧からも探せます。
1871年(明治4年)の廃藩置県では、まず藩をそのまま県にしました。その数か月後の統合で、県庁が置かれた土地の郡名や地名を県名にしていきます。藩の名前をそのまま残したわけではないので、加賀藩は石川県、薩摩藩は鹿児島県、長州藩は山口県になりました。
取り方はおおよそ4つに分かれます。郡名(山梨・島根・香川)、城や城下町の名(岡山・和歌山・徳島)、風土記や古典に出てくる古い地名(茨城・愛媛・大分)、そして明治になって新しく付けられた名(北海道・東京)です。
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北海道から沖縄まで47都道府県の名前の由来を、1件ずつ引けます。甲斐がなぜ山梨になったのか、なぜ県名と県庁所在地の名前が食い違う県があるのか、廃藩置県で使われた地名はどこから取られたのか。旧国名(令制国)との対応も添えているので、旧国名から今の県を探すこともできます。由来には諸説あるものが多く、そのことも含めてまとめています。
都道府県の名前の多くは、1871年(明治4年)の廃藩置県のときに、県庁が置かれた場所の郡名や地名から取られました。藩の名前をそのまま使ったわけではないので、有名な藩の名が県名に残っていないことがあります。
旧国名(令制国)と県の境は一致しません。1つの県が複数の旧国からできていることも、1つの旧国が複数の県に分かれていることもあります。各ページに対応する旧国を並べています。
名前の由来には諸説あるものがほとんどです。ここでは広く知られている説を中心に挙げ、確かめられていないものは「〜という説」と書いています。
旧国名そのものを調べたいときは、令制国のページに68国ぶんまとめています。
県名として使われ始めた時期(多くは1871年の廃藩置県前後)ははっきりしていますが、その地名そのものの由来は古く、諸説あるものがほとんどです。広く知られている説を中心に挙げ、断定できないものは「〜という説」と書いています。風土記や古事記の説話を挙げている場合、それは「そう伝えられている」ということであって、事実の確認ではありません。「戊辰戦争で新政府に逆らった側は県名と県庁所在地名を分けられた」のような広く語られている説は、根拠が確かめられていないことを明記しています。
最終確認日: 2026-08-03